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謎解き 村上春樹(感想・考察・書評)    (ネタバレあり)

村上春樹作品の謎解き(感想・考察・書評)(ネタバレあり)

「ノルウェイの森」書評⑤~直子はなぜ発病したのか?

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     激しくネタバレしています。

 

 直子はなぜ発病したのか?その前に彼女の病名はなんでしょうか?小説内に彼女の正式な病名は書いてありません。彼女は「自己が引き裂かれる病」です。この小説が書かれた時点において、彼女の病名はおそらく「精神分裂病(当時の病名、現在の病名は統合失調症)」を念頭に置いていたのだと思われますが、彼女の病状が精神分裂病統合失調症の典型的な症状かは微妙なところです。特に病名を特定するのではなく、「自己が引き裂かれる病」だと捉えた方がわかりやすいでしょう。

 

 キズキが死んだ後、彼女は「死んだように生きる」状態になります。これは、死者と正者が共存する「半分死んだ世界」です。死んだキズキと一緒に孤独に生きていくのです。

ところが、主人公との再会が彼女を変えてしまいます。もともと主人公と日曜日ごとに会うのは、キズキの記憶を持つ主人公と一緒にいることで、死者であるキズキと邂逅するためでした。(主人公も「半分死んだ世界」の住人です。)彼女が求めているのは僕の腕ではなくキズキの腕であり、僕の温もりではなくキズキの温もりなのです。

 しかし、この関係は徐々に変化を迎え、彼女の誕生日の時に決定的に変わり崩壊を迎えます。 

 誕生日の時に主人公が彼女のアパートに行った時、彼を愛してもいないのにも関わらず、彼女は濡れていて彼を求めていました。そして、彼女は主人公と交わります。

 

もともと彼女は、キズキが死んだ後は、残りの人生を死者のキズキと共に「死んだように生きる」つもりでした。しかし、彼女に好意を持つ主人公とデートをするようになるうちに、彼女が思ってもいなかった、もう1つの「自己」が誕生したのです。それは「『現実世界』で生きたい」という欲求です。主人公についていけば、この人は「現実世界」に自分を引き上げてくれる。主人公を利用すれば、自分は「現実世界」に戻って「生きる」ことができる。このため、もう1つの「自己」である方の彼女は主人公を求め、彼と交わります。

 

彼女にとって、自分の中にこのようなもう1人の「自己」が存在していたのは驚愕のことでした。「半分死んだ世界」の住人である彼女にとって、キズキは死者ではありますが世界の住人として「実在」しているのです。それなのにキズキを捨て、主人公と交わるのは、キズキに対する「裏切り」です。

また、主人公を愛してもいないのに関わらず、主人公の好意に付け込んで「現実世界」に引き上げてもらおうなど、非常に「狡猾」です。このような、キズキを裏切り、主人公の好意に付け込むような自分は「公正」ではありません。

こうして、彼女は「正しく」あるべきだと思っている自分と、「正しくない」狡猾な自分に引き裂かれ病むことになるのです。

 

直子の2つの自己のうち、「正しく」あろうとする自己は、キズキを求め、それは死の世界に彼女を導きます。「正しくない」狡猾な自己は、主人公を求め、生の世界に引き上げられることを望みます。この2つの自己に直子は引き裂かれることになります。

 

 (お読みいただきありがとうございます。感想等ありましたらコメント欄にコメントをお願いいたします。)