謎解き 村上春樹(感想・考察・書評)    (ネタバレあり)

村上春樹作品の謎解き(感想・考察・書評)(ネタバレあり)

「ダンス・ダンス・ダンス」書評~④ 五反田君

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激しくネタバレしています。ご注意願います。「羊をめぐる冒険」への言及があります。
 
1.五反田君は何者か?

 前作(「羊をめぐる冒険」)で、鼠は「羊=根源的な悪」の継承を拒否し自殺しますが、「根源的な悪」の継承を受け入れ、ダークサイドに堕ちて生き続けた場合の鼠の仮想人格が五反田君だと思われます。(念のため、仮想人格であって鼠とは別人です。)

 

「根源的な悪」の継承といっても、五反田君の「悪」は「羊」が提示したような、強大な悪ではなく(鼠の「羊」を巻き込んだ自殺によって「羊」の力は相当衰えたものだと考えられます)、現代社会(「高度資本主義社会」)に適応できない「弱さ」として体現されます。

 

主人公は社会から外れた孤独な存在ですが、しかし、実際には「文化的雪かき」仕事をして組織に縛られずに収入を得て「自由」に生きています。うまく時代の波にのり「高度資本主義社会」に適応して日々を過ごしています。

これに対して五反田君は、一見世間の期待に答え続け、世の中に適応して生きているかのようにみえます。二枚目俳優として「高度資本主義社会」のイコンとして存在しているかのようです。しかし、過剰に世の中の期待に適応できてしまうことが、五反田君の破滅を招きます。世の中の期待に答える仮面の自分、偽物の自分の時間が増大して「本当の自分」を覆いつくしてしまい、彼は「本当の自分」を失ってしまいます。こんなとき人は「本当の自分」を取り戻すため「自分探し」をしなければいけないのでしょうが、彼には「自分探し」をしている時間すら与えられません。仕事や借金や別れた奥さんのことでがんじがらめになり、五反田君は病んでいくことになります。

 

五反田君は主人公が過去に置いてきてしまったものの象徴でもあります。五反田君は鼠がこうなっていたかもしれないという、もう1つの可能性です。この可能性を切り捨て、五反田君と訣別することによって、主人公も過去の一部を失い傷つきます。過去と訣別し、失い、傷つくことによって、主人公は「本当の自分」を取り戻します。傷つき、失うことが自分を取り戻すことであるというのは悲しい結末ですが、悲しい現実を認識し受け止めることが主人公の「現実」には必要だったのかもしれません。

 

2.五反田君はなぜ、キキを殺したのか?

五反田君自身の理由は以下のとおりです。

五反田君は別れた奥さんを愛しているとともに、憎んでいます。しかし、憎んでいても(愛しているが故に)奥さんを殺すことはできませんでした。この持って行き場のない憎しみの感情は別の生贄を求めます。奥さんの代わりの生贄として殺されたのがキキでした。

 

五反田君にとりついた「根源的な悪」の理由としては以下のとおりです。

「根源的な悪」は主人公が再び異界にアクセスできないように、異界への入口へ導く巫女を殺しました。前作では、主人公が巫女(キキ)の力を借りて異界にいる鼠に会い、そのことによって「羊」は鼠にも秘書にもその力を継承させることなく、鼠ごと破壊されました。「根源的な悪」としては、主人公が再び異界にアクセスできないようにしなければいけません。

 

3.メイを殺したのは誰か?

五反田君です。いや、死ぬ前の告白で「『いや、僕はメイを殺していないと思う。あの夜の僕にはありがたいことにきちんとしたアリバイがある。』」と書いてあるだろ、という意見があるかと思います。しかし、この頃の五反田君は既に精神的にかなりおかしくなっていて、キキを殺したのが自分か、自分でもはっきり分からない状態です。

 

おそらく、ホテルの一室で五反田君はメイを殺した後、呆然自失としている五反田君を事務所の人間(マネージャー?)が見つけたのだと思われます。(おそらく場所は五反田君が事前に知らせていたのか、一時的に「まともな状態に戻った」五反田君がマネージャーに電話したのではないかと考えられます。)

ちなみに五反田君はメイを、組織を通さずに個人的に呼び出したのだと考えられます。(呼び出した口実は不明です。)その時点で、彼の中の「根源的な悪」はメイを殺す気だったわけです。

 

メイの財布の奥に主人公の名刺を入れた(残した)のは、五反田君です。名刺から警察が主人公の元を訪れ、そこから主人公が警察に情報を話すことによって自分(五反田君)が破滅することを望んだのです。また、主人公が五反田君を警察に売り堕落した姿をみせれば、既に堕落している自分も救われるような気がしたのだと思います。ところが、主人公は五反田君を守り何も話しませんでした。このことは五反田君を打ちのめします。

 

現場を見た事務所の人間は事件の隠蔽を図ります。別に五反田君のことを思いやってのことではありません。五反田君は事務所に多額の借金があります。彼にはもっと働いてもらわないといけません。殺人犯として五反田君が捕まってしまうと、もちろん彼の稼ぎはなくなりますし、事務所の信用はガタ落ちでつぶれてしまうかもしれません。

 

もう一つの理由として、彼は捕まるとコールガール組織のことを自白してしまうでしょう。そうなると、政治家や警察の上層部も巻き込んだ一大スキャンダルになってしまいます。(ところで、政治家が嫌いなミセス・エクスはいつから政治家と結びつくようになったのでしょう?これも高度資本主義社会のなせる業でしょうか?)事務所の俳優発で情報が漏れた結果、大スキャンダルになった場合、おそらくその事務所は業界で生きていけないでしょう。というか、社長の命すら危ういです。

 

ということで、彼らが業界で生き残るためには、五反田君の罪をかばい事件を隠蔽しなければいけません。このため事務所は、五反田君のアリバイを捏造したのではないでしょうか。そして、精神的におかしくなっている五反田君は事務所の捏造した偽のアリバイを「現実」として信じたのだと思われます。

 

なぜ、五反田君はメイを殺したのか。

五反田君自身の理由としては、キキのときと同じ、奥さんの代わりの生贄です。このまま五反田君の暴走が続けば、また誰かを生贄にして殺してしまうであろうという暗示でもあります。

「根源的な悪」の理由としては、メイがキキと繋がっている(「私も時々キキの夢を見るの。」)ので、メイのルートから、主人公がキキにアクセスするのを防ぐためだと思われます。

 

4.ジューンは誰?

 ジューンは、キキが主人公にヒントを与えるために寄越したもう1人の巫女です。

彼女もまた(キキと同じく)死者なのかはよくわかりません。彼女が死者だった場合、彼女もまた五反田君に殺されたのか、という話になりますが、小説中に全く言及(暗示も含め)ないので多分違うと思います。結局彼女の存在はよく分かりません。

 

 おそらく、はじめキキはメイを通して主人公にヒントを与えようと考えたのですが、それを察知した「根源的な悪」によってメイは殺されてしまいました。代わりにヒントを与える役として主人公の元を訪れたのがジューンで、彼女が主人公とハワイで会ったのは、「根源的な悪」の妨害が入らない国外で主人公にヒントを与えるためだと思われます。

 

5.五反田君は自殺だった?

これは細かい話で、どちらでもよいような気がするのですが、五反田君は本当に自殺だったのでしょうか?主人公に告白した後死んでいるので、タイミング的に自殺のようにみえますが、自殺だと断定する証拠もありません。実は五反田君は事務所の人間に殺されたのではないでしょうか。

 

主人公との訣別のあと、五反田君は更におかしくなり、警察に自首するとか、仕事を全てやめてハワイに行くとか、事務所の人間に言ったのだと思います。かなり五反田君が精神的に追い詰められていることがわかった事務所の人は、本当に五反田君は警察に自首しかねないと考えます。五反田君が自首したら、上記で書いたように事務所も破滅です。

事務所の破滅を防ぐために、事務所の人間によって五反田君は自殺にみせかけられて殺され芝浦の海に沈みます。おそらく事務所は五反田君に生命保険をかけていますので、保険で借金も回収です。

 

という解釈も可能ですが、自殺でも他殺でも話の展開は変りませんので、どちらの解釈でもよいかと思います。

 

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