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謎解き 村上春樹(感想・考察・書評)    (ネタバレあり)

村上春樹作品の謎解き(感想・考察・書評)(ネタバレあり)

「ねじまき鳥クロニクル」書評③

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*激しくネタバレしています。ご注意願います。

 

9.顔のない男
 「顔のない男」は無意識における主人公の人格です。ロビーの人間は「ワタヤノボル」の味方です。彼らはテレビの言うことしか信じません。そのため主人公の敵であり脅威となります。無意識世界においては「顔のない男=彼自身の無意識」しか味方はいないのです。

 

10.ギター弾きの男(バットを持った男) 
 ギター弾きの男は、主人公の「暴力性」を象徴する人格です。それは「僕の目には見えない何かに対する怒り」です。ギター弾きの男と対決した後に見た、男の血だらけの皮膚が主人公の顔と体に貼りつき覆ってしまう夢が、彼が主人公自身であることを示しています。

 まず、クミコが堕胎手術を受けた夜に札幌の町で、ギター弾きの男から最初の警告を受けます。彼はバーの演奏の余興で、蝋燭を手にかざして焼く手品を見せます。自らの手を焼く「暴力」を観客に見せます。男の痛みを観客も共感し、痛みを感じます。他人の痛みを共感できるという心は本来人間の「正しい」心の動きです。しかし、そこで行われたものは手品であり、詐術であり、偽りです。彼は、人間の心の動きを悪用しようとする「悪」が影で動いていることを主人公に警告しました。しかし、この時に主人公はこの警告の意味を理解できませんでした。(ただし、このバーの手品の場面のすべてが主人公が見た幻覚あるいは夢なのだと思います。)

 次に会ったときに主人公はギター弾きの男と対決し、バットを手に入れます。主人公が「悪」と対決するには、自分の「暴力性」と向き合って対決し、コントロールしなければいけません。

 

11.クミコの抱えていた問題とは
 一番わかりやすそうな回答としてはクミコは「解離性同一障害」であるということです。ただ、特定の病名をつけてしまうと「いや、この症状は『解離性同一障害』の症状とは合致しない」等という別の批判が出てきてしまうかと思います。たとえば他の人格が暴走しているとき、通常は表の人格であるクミコはそのあいだの記憶はないはずですが、彼女の告白の手紙などを見ると記憶は残っているようです。(その一方で記憶のない状態があるらしい記述もあります。)ただ、そういう症状もあるのかもしれません。また、別の人格に主人格が乗っ取られつつある過程なのかもしれません。すいませんが、専門家ではないので詳細はよくわかりません。
 この小説ではあまり厳密に病気を定義せず、「クミコには別の人格があり、しばらくの間その人格は眠っていたが、あることをきっかけに発現した」ぐらいの理解でよいのではないかと思います。

 なぜ、クミコに別の人格が発生したかというと、主人公は「自分の血筋に何か暗い秘密のようなものがひそんでいて」と家系の問題の可能性も上げていますが、「解離性同一障害」が遺伝的なものが関係しているのかちょっとわかりません。しかし、きっかけははっきりしています。祖母による影響です。「(祖母は)クミコを思い切り抱きしめたかと思うと、その次の瞬間にはみみずばれができるくらい強く物差しで彼女の腕を打った。」等の記述があります。小説中に血筋のことが言及されていることを考えると、祖母も「解離性同一障害」だった可能性があります。
 わけのわからない祖母のクミコに対する言動に、深く傷ついたクミコは心を外界から閉ざしてしまいます。「それから何ヵ月かのあいだの記憶は彼女にほとんどない」という記述を考えると、この時の体験から彼女の中にもう1つの人格が生まれたのだと考えられます。

 結婚前から、そして堕胎手術をした時にクミコが「何か言いたい」が何も言えなかったことは「自分には、別の人格が潜んでいるかもしれない」ということでしょう。しかし、別の人格のことは彼女自身にも確信がつかめずよくわからないことでした。何かを言おうとしても、彼女にも理解できず自分で説明できないため何も話せないのです。

 そして、ワタヤノボルの存在があります。彼は、クミコに別の人格があることを知っており、その別の人格を精神的に汚し、彼のコントロール下におきました。しかし、別の人格はその後しばらく姿を現さず眠っていました。だからクミコは、自らの別の人格の存在も、ワタヤノボルに精神的に汚されたことも気が付くことなく成長します。
 ところが、その人格は決して消え去ったわけでなく、時限爆弾のように彼女の中にいました。ワタヤノボルはクミコの別の人格を発現させることによって、改めて彼女を自分のコントロール下に置こうとします。そして「ねじ緩め鳥」である彼は、彼女の欲望の根が暴走するような仕掛けを、あらかじめ仕掛けていました。

 ところで、ワタヤノボルがクミコとクミコの姉を精神的に汚したというのは、具体的にはどういう意味なのでしょうか?小説には書かれていませんが、ワタヤノボルが加納クレタにやったようなことを指しているなら、普通に性的虐待になるかと思われます。

 彼が、クミコの別の人格を出させコントロールしようとしたのは、彼が「悪(ねじ緩め鳥)」の後継者としてクミコの子を求めていたからです。「悪」と契約したワタヤノボルは、「悪」の後継者を見つけられなかった場合は、契約の代償としておそらく魂を奪われ死ぬことになります。性的に不能である彼は、近親者の後継者がどうしても必要だったのです。この「後継者の不在」の問題を当初彼は重視していなかったのですが、結婚生活の失敗および伯父から「悪」を継承したことによって重大な問題として立ちはだかることになります。だから、彼はクミコをどうしても取り返す必要がありました。

 彼の悪夢は、オカダトオルに殺されることの悪夢ではありません。後継者を提供できなければ、彼自身の魂を「悪」に渡さなければいけません。その恐怖で汗をかいていたのだと思われます。

 

12.中絶した子供は誰の子供だったのか
 これは、はっきりと断定できません。
 第1にワタヤノボルの可能性ですが、ワタヤノボルが性的に不能であることは、加納クレタの話や牛河の話などの記述があり強調されています。しかし、一方でクミコの姉の服でマスターべーションしている記述もありますので、近親者にしか性欲が持てない異常性欲者という説明もできてしまいます。ただ、「ねじまき鳥クロニクル#17」でクミコが「正確にいえば肉体的に汚したわけではありません」と書いてあることを考えると、やはりワタヤノボルが性的不能であることは間違いなく、ワタヤノボルの子供である可能性はないのでしょう。
 第2にワタヤノボルによって精神的に汚され暴走した別の人格が、クミコの表の人格は知らぬままに、見知らぬ誰かと交わり妊娠した可能性ですが、この可能性も排除できません。
 第3にオカダトオルの子供であるということです。この可能性もあります。

 結局誰の子供か彼女自身にもわかりません。ただ、「自分が自分で何をやっているかわからない」こと自体が彼女を追い詰め、人格の崩壊に危機に陥らせます。自分の抱えている問題を知りたくて、クミコは兄であるワタヤノボルに近づきますが、これはやってはいけないことでした。

 ただ、小説を読み直すと、この子供はやはりオカダトオルの子供なのだと思われます。というのは、おそらく彼女の眠っていた別の人格が目覚めたのは妊娠がきっかけだと思われるからです。妊娠した時点では別の人格は眠っている状態で、現実世界で行動していませんので、第1や第2の可能性はないのだと思われます。時々主人公はクミコに乖離の感覚を感じていますが、妊娠するまでは別の人格の発現には至っていないのだと考えられます。しかし、これは彼女自身には確信のつかめないことです。

 

(お読みいただきありがとうございます。もし、よろしければ感想などありましたら、コメント欄にコメントしていただけると嬉しいです。)