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謎解き 村上春樹(感想・考察・書評)    (ネタバレあり)

村上春樹作品の謎解き(感想・考察・書評)(ネタバレあり)

「ねじまき鳥クロニクル」書評⑤

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*激しくネタバレしています。ご注意願います。

 

15.「ねじまき鳥クロニクル」、シナモン、語り部
 この小説の第3部でこの物語は、シナモンによって語られる「ねじまき鳥クロニクル」の一部であり、過去の満州から現代につながる「ねじまき鳥」と「ねじ緩め鳥」との戦いの年代記であることが明らかにされます。オカダトオルも、このシナモンの「ねじまき鳥クロニクル」の登場人物の1人にすぎません。シナモンは過去と現在を見通すことができる観察者です。(ただし、彼は未来は見通せません。)それは、最後に主人公を水の満ちた井戸で溺れていることを察知し、井戸から助け出すことができたことからもわかります。観察者であるシナモンの存在があって、この物語は初めてひとつの繋がりを持った年代記として語られることになります。

 シナモンがこの物語を紡ぎだした理由は、祖父の死んだ理由を探るためだったと思われます。祖父はシベリアの炭鉱で深い竪穴に入って作業をしているときに出水があって、溺れ死にます。これだけ見れば単純な事故です。しかし、この事故には因果の根があります。因果の根にはボリスがいます。ボリスによって収容所の炭鉱に無理なノルマが課され、危険な竪穴が掘られたがゆえに祖父は死んだのです。祖父の死因は「根源的な悪」ボリスに繋がっています。

 けれど、おそらく祖父はなぜ自分が死ぬのかわけがわからないまま死んでいきます。しかし、過去と現在を見通すことのできるシナモンはその原因を知っています。彼は「根源的な悪」の存在と、彼によって祖父が死んだことを知っているのです。

 また、後述するように自分の父が「物語」から浸食した「根源的な悪」によって殺されたこともシナモンは、知っています。彼にとっては「根源的な悪」は祖父と父の仇です。彼は「ねじまき鳥」と「ねじ緩め鳥」の戦いの決着を記述し、物語を完成させなければいけません。だから、彼ら(ナツメグ・シナモン)は「ねじ緩め鳥」を倒す「ねじまき鳥(オカダトオル)」を探し出し、彼を助けたのです。

 戦前の満州より「根源的な悪」は出現します。「ねじまき鳥クロニクル」の過去編の登場人物は間宮中尉であり、あざを持った獣医(シナモンの祖父)です。しかし、2人は「根源的な悪」を倒す目的を果たすことができません。これは、「獣医」の目から見るとあらゆる物が無意味に無駄に虐殺され、「敵」を見定めることができなかったためだと思われます。間宮中尉は「敵」を見定めることができたものの、敵は強大であり、また彼が「根源的な悪」を打ち倒すには、資格と力が足りませんでした。間宮中尉は呪いを背負って生き続けます。獣医は、水に飲まれて死にます。

 しかし、彼のあざは「しるし」となって「ねじまき鳥」の後継者(主人公)を見出します。間宮中尉、加納クレタ・マルタ、笠原メイ、ナツメグ、シナモンの思いを受け継いで主人公は「悪」と対決することになります。これが「ねじまき鳥クロニクル」の現代編です。いろいろな人がいろいろな思いを主人公に託しています。主人公は彼らのために戦っているわけではありませんが、主人公が「根源的な悪」と戦っている姿が彼らを救済することになります。

「私が人々を癒し、シナモンが私を癒す。でもシナモンを誰が癒すのだろう?シナモンだけがブラックホールみたいに一人ですべての苦しみや孤独を飲み込んでいるのだろうか?」
 シナモンを癒しているのは「物語」です。そうであるがゆえに「物語」は完結され、輪は閉じられなければいけません。

 最後にシナモンは主人公と顔を合わせません。合わせる顔がないからです。主人公が井戸の底に下りていけば非常に危険であり、場合によっては彼の命が失われるかもしれないことも、シナモンは理解していました。しかし、彼は主人公が井戸の底に向かうことについて、何の警告も与えず見過ごしました。(これには逡巡があったかもしれません。この事については後述します。)それは主人公がシナモンの「ねじまき鳥クロニクル」の物語に決着をつけて完結させることを、シナモンが望んでいたいたからです。主人公が決着をつけることによってシナモンの物語もやっと完結するのです。彼が物語を完成させたい気持ちを優先させたがゆえに、主人公は生命の危機にさらされました。もう少しタイミングが遅ければ死んでいたかも知れません。主人公をわかっていて危機にさらしたシナモンは自分が許せません。このため主人公と顔を合わせられませんでした。


16.シナモンの父親は誰に殺された
 シナモンの父親は、ナツメグの話によると「物語から出てきたものに」殺されました。物語とはシナモンの「ねじまき鳥クロニクル」でしょうから、「物語」から現実世界へ浸食してきた「悪魔」に殺されたのだといえます。シナモンの父親は「悪魔=ねじ緩め鳥」と契約したのだと思います。引き換えに得たものが何かはよくわかりませんが、おそらく「才能(特に社交的な才能も含む)」的なものだったのではないでしょうか。この契約にどれほどの見返りがあったのか知れませんが、おそらく彼ら家族の「成功」には必須のものだったのでしょう。

 シナモンが真夜中に窓の外を見たときの2人の男のうちの、小さな男は父親です。(「あの小さな男はどことなくお父さんに似ている」)実際より小さく見える理由は、おそらくシナモンが見ているのは「現在」ではなく、「過去」だという意味なのだと思われます。といっても彼が「契約」したのは成人後だと思いますので、現実の姿としては身長が小さいのはおかしいのですが、象徴的な意味なのでしょう。)

 契約の条件の1つはおそらく「ねじまき鳥」を捕えることでした。このため、父親は木を登って「ねじまき鳥」を捕えようとします。しかし、彼が「ねじまき鳥」を捕えることができたかは不明で、背の高い男(おそらく「悪魔」)は結果を見ずに、穴を掘り何かを埋めて去ってしまいます。「ねじまき鳥」を捕えること自体は、悪魔にとってはあまりたいした話ではなかったのかもしれません。
 そして、シナモンは夢の中で埋めたカバンを開けます。その中には生きている心臓があります。つまり、契約の条件として父親は悪魔に魂(心臓)を渡したということです。その契約の光景を見たシナモンは衝撃で「自分の一部」を失います。消え去った自分の一部は彼から「言葉」も一緒に持ち去り「物語」のある世界の迷路に飲み込まれます。

 結局、シナモンの父親は、ある時期に契約の代償として、悪魔に心臓と胃と肝臓とふたつの腎臓と膵臓を回収され死にます。シナモンの父親が死を回避するためには、誰かに「悪」を継承しなければいけなかったわけですが、シナモンの父親は「悪」をシナモンに継承させることを拒否し、自分の身体を代償として悪魔に渡し死んだものと思われます。


17.資格
 主人公が「悪」と対決し、妻を取り戻すためにはいくつもの条件と資格を持つことが必要でした。
 
 第1に無意識世界にアクセスするための「井戸」が必要でした。井戸が無意識世界の入口であり、主人公は入口を手に入れなければいけません。無意識世界に入ることができることによって、主人公は「電話の女」と会うことができ、また、無意識世界の「悪」と対決することができます。
 第2に「壁抜け」をしたことを知らせる「あざ」のしるしが必要でした。この「あざ」のしるしを手に入れることによって、主人公はナツメグ・シナモンと会うことができました。彼らの助力がなければ主人公は井戸を手に入れることができず、悪と対決することできませんでした。主人公はシナモンの物語に組み込まれることによって「ねじまき鳥」の資格を得ます。
 第3に主人公は、真相を解き明かし「電話の女」に名前を与えなければいけません。
 第4に「バット」です。主人公は、自分の「暴力性」をコントロールすることが必要でした。「悪」と対決するときはためらわず「暴力」を行使しなければいけません。しかし、最後の対決の時に井戸にはバットはありませんでした。(無意識世界の)バットは「電話の女」によって与えられるのではなくてはいけないのでしょう。井戸にバットがないのを主人公はシナモンが持ち去ったのではないかと考えますが、この考えが正しいとした場合、これはシナモンの逡巡(主人公を本当に「悪」と対決させてよいのか)を示していると思われます。

 最後に主人公が井戸に下りたのは間宮中尉と皮剥ぎボリスとの対決が書かれた、間宮中尉の手紙がきっかけでした。この手紙を読んだ主人公は「悪」と戦う決意と覚悟を固めたと思われます。

 第2部では、「顔のない男」の制止を振り切って行ったとき主人公はバットを持ってはいませんでした。この時は「悪」を確定することができず、また、対決する覚悟と準備がまだ主人公にはできていません。このときに「あの男」と対決した場合、覚悟と準備のない主人公は殺されていたと思われます。(現実世界では、井戸の底での事故死という形で死んでいたでしょう。)

 

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