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謎解き 村上春樹(感想・考察・書評)    (ネタバレあり)

村上春樹作品の謎解き(感想・考察・書評)(ネタバレあり)

「ねじまき鳥クロニクル」書評⑥

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*激しくネタバレしています。ご注意願います。

 

18.暴力、根源的な悪との対決
 208号室で主人公が殴り殺したのは、「悪」そのものであって「ワタヤノボル」本人ではありません。「悪」はおそらく「羊をめぐる冒険」の「先生」のように血溜の形でワタヤノボルの頭の中にあったと思われます。主人公が「根源的な悪」を殴り殺すことによって、血溜は破裂し彼は意識不明となります。なぜ、とどめをささなければいけないというと、彼の体から「根源的な悪」が抜け出て次なる宿主にとりつく可能性があるからです。だから息の根を止めなければ、この話は終わりません。

 この小説は非常に暴力的な小説であり、「根源的な悪」と対決するには「暴力」を使ってでも倒さなければいけないという決意と覚悟があります。かなり過激な小説だといえます。
 ただ、実際にこれを現実世界に当てはめると非常に困難な問題になります。どんな悪人でも殺せば「殺人」になります。悪事を暴いて警察に突き出すのが理想なのでしょうが、「根源的な悪」は巧妙で狡猾であり、なかなかしっぽをださないものです。この小説世界でも、無意識世界で「男」をバットで殴ることによって、ワタヤノボルは意識不明の重体になりますが死んではいません。彼の息の根を止め葬り去るには、クミコが生命維持装置を止めるという現実の「殺人」を行わなければいけませんでした。クミコは逮捕され、刑法上の罰を受けます。
 このことは、重い課題として我々にのしかかります。

 

19.別の解釈、別の世界
 上記でみてきた解釈とは別の解釈も可能です。ちょっと突飛な解釈になりますが、クミコ=電話の女=加納マルタ=加納クレタの4人は同一人物の別の人格であるという解釈も成り立ちます。ただ、この解釈ですと、この物語は今まで解釈した物語とは、全く別の物語と世界の話となります。

 彼女達は同時に主人公の前に出ることはありません。主人公は意識の中で加納クレタと交わりますが、彼女はいつの間にか電話の女に入れ替わっています。また、「加納クレタの体つきはおどろくくらいクミコに似ていた。(中略)二人は背も同じくらいだし、体重もだいたい同じくらいに見えた。たぶん服のサイズだって同じくらいだろう」「服は思ったとおり、全部加納クレタにぴったりだった。不思議なくらいぴったりだった。靴のサイズまで同じだった」「僕は加納クレタと交わりながら、ときどきクミコと交わっているような錯覚にすら襲われた」とあります。
 加納マルタ・クレタの人格の語った彼女達の半生は象徴的なものであり(彼女達にはそれが真実なのですが)現実のものではないことになります。

 上記の解釈ですと、加納クレタが主人公をクレタ島に誘うのは、別の意味合いを持ちます。4つの人格のうち、「彼女」は加納クレタ(であった)新しい人格を主人公に受け入れて欲しいと言ったという話になります。結局主人公は元のクミコの人格を選ぶことになりますが、加納クレタであった新しい人格を選んだ場合(主人公が加納クレタであった新たな人格に「クミコ」の名前を与えた場合)、4つの人格はその新しい人格に統合され、この物語は全く違った結末になっていくことになります。

 

 以上で、「ねじまき鳥クロニクル」の書評を終わります。

 

(お読みいただきありがとうございます。もし、よろしければ感想などありましたら、コメント欄にコメントしていただけると嬉しいです。)