謎解き 村上春樹(感想・考察・書評)    (ネタバレあり)

村上春樹作品の謎解き(感想・考察・書評)(ネタバレあり)

「海辺のカフカ」書評①

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*激しくネタバレしています。ご注意願います。

 それでは、「海辺のカフカ」の書評を始めます。

 

1.カフカくん
羊をめぐる冒険」へのネタバレを含む言及があります。ご注意願います。(「羊をめぐる冒険」の書評はこちらです。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(1)生まれ変わった鼠
 この小説のテーマは、父から悪の継承の呪いをかけられた少年が、いかにその呪いを打破するかということです。
 「『悪』の継承という父の呪い」というテーマは、「羊をめぐる冒険」における鼠のテーマでもありました。「羊をめぐる冒険」において、「父」から「羊」の継承の呪いをかけられた鼠は、自殺することで悪の継承を拒否しました。父の呪いを自らの死をもって打破したという結末です。

 村上春樹は、この小説で再び「父の呪い」をテーマとします。今回は主人公が鼠のように自殺することもなく、悪を継承することもなく、父を現実に殺すこともなく、いかに呪いを打破して現実世界で生きていけるのかを問う小説です。ある意味今回の主人公は「生まれ変わった鼠」といえます。この作品で鼠は生まれ変わり、再び父の呪いの試練を受けます。
 もちろんこの物語世界では、カフカくんは甲村青年の生まれ変わりでもあります。

 

(2)父の呪い
 この小説における主人公に対する父の呪いは「(お前はいつか)父を殺し、母と姉と交わる」でした。この呪いから逃れるべく主人公は15歳の誕生日に家出をし、遠く四国まで逃げます。人生のあるポイントを過ぎてしまうと「呪い」は自分の中で作動してしまい、自分ではどうすることもできなくなってしまうと思ったからです。カフカくんにとって、15歳がそのぎりぎりのポイントでした。

 しかし、距離を離れることによって「血の呪い」を消すことはできません。血は自分の体に流れているものだからです。自分の家族や血、遺伝子というものを捨て去って全く新しい白紙の人間になることは残念ながらできません。
 「呪い」は父から遠く離れても影のように付いてきます。逃げることではこの呪いを打破することはできず、その呪いをメタフォリカルにくぐり抜けなければ打破することができない、というのがこの小説の結論です。ただし「逃げる」ことは重要です。主人公が「逃げる」ことによって物語が動き出し、その物語は主人公をあるべき場所へ導くことになります。

 

(3)さくらさん
 さくらさんは、メタフォリカルな意味での主人公の姉です。「袖振り合うも多生の縁」で、前世はカフカくんのお姉さんだったのかも知れません。物語あるいは現実の人生でも、人生のある局面ではこうした他者との思わぬ出会いと助けで救われる場合があります。
 さくらさんは「現実世界」の人間です。現実世界に待っている人間がいることによって、主人公は「あちら側」の世界から「こちら側」に戻ってくることができます。

 

(4)カラスと呼ばれる少年
 「カラスと呼ばれる少年」は、カフカくんの頭の中にいる想像上の友達です。孤独で友達のいない少年は、自分の頭の中に想像上の友達をつくり彼と会話します。主人公は「ある物」を擬人化してそれを「カラス」と呼んでいます。「ある物」とは主人公が家から持ち出したナイフ(鋭い刃先をもった折り畳み式のナイフ)です。

少年カフカ」という「海辺のカフカ」に関する読者の感想や質問のメールと、それに対する村上春樹の回答内容を綴った雑誌がありますが、ある読者の質問の回答で、村上春樹は「『カラスと呼ばれる少年』は折りたたみ可能なので、バスに乗るときには折りたたんでリュックに入れているわけです」と書いています。(冗談ぽく書いてありますが、本当の意味だったわけです。)

 カーネル・サンダーズが、チェーホフを引用して「もし物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはならない」と言っていますが、このナイフが実際に使われるということは、主人公が現実に父を殺し、呪いが成就するということになってしまいます。呪いを打破するためには、この小説ではナイフは現実に使用されずに、あくまでメタファーにとどまらなければいけません。下巻の「カラスと呼ばれる少年」の章でカラスと呼ばれる少年は、ジョニー・ウォーカーを切り裂き殺そうとしますが、幻想に過ぎない少年はジョニー・ウォーカーを殺すことはできません。彼は「幻想の存在」にとどまらなければいけないのです。

 

(お読みいただきありがとうございます。もし、よろしければ感想などありましたら、コメント欄にコメントしていただけると嬉しいです。)