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謎解き 村上春樹(感想・考察・書評)    (ネタバレあり)

村上春樹作品の謎解き(感想・考察・書評)(ネタバレあり)

「ドライブ・マイ・カー」の続きを勝手に想像してみる

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*激しくネタバレしています。ご注意願います。

 

 遅ればせながら、文藝春秋2013年12月号に掲載された、村上春樹「ドライブ・マイ・カー」を読了しました。

 それでは、あらすじの紹介も兼ねて感想を述べます。(結末までネタバレですので、ご注意願います。)

 この小説の主人公の家福は俳優です。年は59歳あたり、俳優といっても二枚目というわけではなく「性格俳優」として癖のある脇役をすることが多い役柄です。彼は週に6日、自分で車を運転して舞台に向かっていました。しかし、車で酒気帯びで接触事故を起こし、免許が停止になります。その時の検査で緑内障の兆候が発見され、彼は事務所から車の運転をすることを止められます。このため、彼は運転手をしばらくの間雇うことになりました。知り合いから、渡利みさきという20代半ばの女性の運転手を勧められ、家福は彼女を雇うことになります。

 みさきが運転手を務めるようになって以来、家福はなぜか10年近く前に亡くなった妻のことを頻繁に思い出すようになります。彼女は正統的な美人女優でした。彼と妻は生活のパートナーとして良好な関係を保っていましたが、彼女は時折、彼以外の男と寝ていました。彼は、彼女がほかの男に抱かれている事を知っていました。どうして、彼女が他の男たちと寝なくてはならなかったのか?この謎がこの小説のテーマとなる訳ですが、この答えは意外とすぐにあっさりと出てきます。


 
 24年前に、家福には3日だけ生きた子供がいました。生まれてすぐに病院の保育室で亡くなったのです。心臓の弁に生まれつき問題があったというのが病院側の説明でした。子供をそんな風に唐突に失ったことによって、夫婦は深く傷つきます。「しかしお互いを支え合うことで、二人は少しずつ傷の痛みから回復し、危うい時期を乗り越えることができた、」と少なくとも家福は思っていましたが、思い起こしてみれば、妻がほかの男と性的関係を持つようになったのは、そのあとからでした。「あるいは子供を失ったことが、彼女の中にそういう欲求を目覚めさせたのかもしれない。しかしそれはあくまでも彼の憶測に過ぎない。」と書かれていますが、「憶測」も「かもしれない」もなく、それが原因でしょう。明確過ぎて解説する気も起きません。(具体的に彼女がそんな事をした理由を心理学的に分析することは可能でしょうが、分析する気にもなれないという意味です。)


 
 みさきを運転手として雇って2か月近く立った頃、家福にみさきは「家福さんはどうして友だちとかつくらないんですか?」聞かれます。毎日送り迎えしていれば、家福に友だちがいないことはみさきにはわかります。いくつかの会話のやりとりがあった後、家福は「僕が最後に友だちを作ったのは十年近く前のことになる」と言います。そこから、家福のみさきに対する過去の告白が始まります。過去の「友だち」の名前は高槻という名の俳優でした。彼は、家福の奥さんと寝ていました。彼は、妻が寝ていた他の男たちのうち、彼女が死ぬ前の最後の男になります。妻が亡くなった後、家福は「なぜ妻がその男と寝なくてはならなかったのか」興味を持ち、妻が亡くなって半年後に彼に会ったとき、時間をもらって話をしたいと言います。ここから、家福と高槻の交流がはじまります。

 しかし家福が高槻と会った理由は、実は彼を「なんとか懲らしめてやろうと考え」ていたためでした。高槻は酒が入るとわきが甘くなって、なんでも話してしまうような人間でしたので、それを手掛かりにして社会的信用を失墜させるようなスキャンダルを起こさせるようなことはそんなにむずかしいことではありませんでした。しかし、家福は(彼の話によると)実際には何もしませんでした。彼は高槻と話をしているうちに、むしろ彼に好意を抱きますが、「あるときから急にいろんなことがどうでもよくな」ってしまい、そのうちに彼は高槻と連絡もとらずまったく会わなくなります。

 しかし、結局家福には「奥さんがどうしてその人(高槻)とセックスしたのか。どうしてその人でならなかったのか」つかめませんでした。これに対して、みさきは「奥さんはその人に、心なんて惹かれていなかったんじゃないですか」「だから寝たんです」「女の人にはそういうところがあるんです」「そういうのって、病のようなもんなんです。(後略)」と言います。

 

 以上読んでいて、村上春樹の過去作のいくつかが思い出されるような作品です。この小説は、いわゆる「リアリズム」的描写の作品で、だから「わかりやすい」作品といえます。ですが、村上春樹らしい謎めいた雰囲気もなければ、不思議な現象が起こったりするようなファンタジーまたはシュルレアリスム的な描写もありません。個人的にはそこら辺がちょっと物足りないかな、と思います。

 しかし、この小説が長編小説の冒頭であると想像すると、けっこう面白い展開があるかもしれません。実際に過去の短編が元に長編小説になった作品も複数あります。(実際にはこの作品が長編になる可能性は低そうな気がしますが。)

 ということで、この小説が「長編小説の冒頭である」という想定の元で、この小説の続きを勝手に想像してみました。よろしければご覧ください。

 

         ☆       ☆        ☆

 

 やがて、みさきが家福のドライバーとして契約している期間は終わり、みさきは家福のドライバーを辞めます。ここから、小説は家福のパートとみさきのパートに小説は分かれ、交互に話は進みます。

 

(家福のパート)
 家福は、昔高槻と飲んで話をしていた過去を回想します。高槻は、酒を飲み過ぎる傾向があり、家福が考えたとおり「自分から何かを取り去るために酒を飲まなくてはならない」人でした。高槻の酒の飲み方や彼の話を聞いているうちに、家福は、高槻が自滅に向かっていることを感じます。そして、家福は高槻を酒に誘うことによって、彼が自滅に向かう手助けをしているような罪悪感を抱くことになります。

 やがて、家福は高槻を殺す夢を見ます。夢はいつも同じです。バーで飲んだ後、家福の家で飲み直し、高槻はやがて眠ってしまいます。眠ってしまった高槻の首を絞めて家福は彼を殺し、自分の車で遺体を山奥に運んで埋めようとします。遺体を埋めるためにシャベルで穴を掘っている最中に、家福は目を覚まします。
 毎日のように同じような悪夢を見るようになり家福は怖くなります。もうこの頃には、高槻に復讐しようとする気持ちはなくなっています。悪夢から逃れるために、家福は高槻との連絡を一切絶ち会いません。

 彼と会わなくなる事によって、夢の頻度は下がりますが、忘れた頃に家福は高槻を殺す夢を見続けます。その時折見る悪夢は彼を悩ませます。

 そして半年前、家福は高槻が失踪したニュースを知ります。連絡を取らないと決めた時から、家福は高槻と顔を合わせることはありませんでしたが、彼は高槻を殺す悪夢を思い起こし、「高槻を殺したのは自分ではないか?」と思います。後のニュースで彼は高槻が失踪した日時を知りますが、彼はその日時の自分の記憶が欠落していることに気が付きます。その日は仕事が一切入っていないOFFの日で「一日中一人で自宅にいたはず」でしたが、彼には確信が持てません。「自分の記憶のないままに、自分が悪夢の通りに高槻を殺したのではないか?」と、家福は自問自答し悩むことになります。

 

(みさきのパート)
 みさきは、家福のドライバーを辞めた後、色々な所でドライバーの仕事をしながら、何かを探っています。やがてみさきが、半年前に失踪した高槻の失踪する直前の動向と彼の行方を探していることが分かります。彼女が家福のドライバーになったのも、実は高槻の事を家福が知っていないか探るためでした。

 なぜ、みさきが高槻のことを探っているのかは不明です。高槻が、みさきの家族を捨てた父親であるかのようなミスリードもされますが、実際には違います。結局、彼女が探っている理由は小説内では明らかにされません。

 みさきが高槻の半年前の動向を探ることによって、失踪前から高槻が自分自身を破滅に追い込んでいたことが明らかにされます。そして色々調べた結果、みさきは高槻の失踪の真相についてひとつの真実にたどり着きます。

 みさきは家福に電話をかけます。高槻の失踪の件について、お話をしたいと。家福は待ち合わせにバーを指定して、2人は会います。みさきがバーを訪れると、家福は既にバーのボックス席にいて、何かを覚悟したように座っています。みさきは彼の向かいの席に座り、告白を始めようとします。
 
 ・・・といったところで、村上春樹式投げっぱなしジャーマン的に小説は唐突に終了します。結局、高槻失踪の真相は明らかにされないまま小説は終わります。

 

(平成26年4月21日 追記)

 単行本では、みさきの本籍地は上十二滝町になっています。・・・・・・懐かしいですね。(まあ、『羊をめぐる冒険』の舞台は十二滝町ですが。)

 

(お読みいただきありがとうございます。もし、よろしければ感想などありましたら、コメント欄にコメントしていただけると嬉しいです。)