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謎解き 村上春樹(感想・考察・書評)    (ネタバレあり)

村上春樹作品の謎解き(感想・考察・書評)(ネタバレあり)

「木野」感想

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*激しくネタバレしています。ご注意願います。

 

 遅ればせながら、文藝春秋2014年2月号に掲載された、村上春樹「木野」の感想を以下に書きました。しかし、今回のタイトルはビートルズの曲名シリーズではないんですね・・・・・・。


「木野」は中途半端な「デタッチメント」の罪を書いた作品です。
 木野という主人公は、目の前で妻と同僚の浮気現場を見ても、特に怒る等の感情を爆発させることもなくそのまま扉を閉じて家を出ていくような、他者に対し無感動な人間です。彼は会社を退職し「木野」というバーを開きます。

 客の神田(カミタ)という男は、名前の通り神です。彼はこの店の守護神(柳の木)として現れ、やがて「呪われた」木野に遠くへ逃げることを命じます。
  猫は「デタッチメント」の居心地の良さの象徴です。そして、「デタッチメント」の居心地の良さを求めて、木野の店は少しずつ客が入るようになります。

 しかし、この居心地の良い空間は、木野がいわくありげな客の女性と寝ることで崩壊へ向かいます。もちろん、彼は彼女と寝るべきではありませんでした。「デタッチメント」を貫き本当に他人に無関心である人間は、いわくがありそうな女性と寝たりはしません。しかし実際には、木野は他人に対して完全な無関心を貫くことはできません。かといって、彼はそれ以上彼女と関わろうとする訳でもありません。結局、他人に対して完全に無関心でいられる訳でもなく、しかし他人と積極的に関わろうとする訳でもなく彼は中途半端なのです。

 秋が来て猫は去り、蛇たちが姿を見せます。蛇は木野が呼び寄せた「呪い」です。木野は猫を探すことはなく、そして猫のために設けておいた出入り口を板を打ちつけて塞いでしまいます。「居心地の良い場所」は失われました。

 神であるカミタは木野に対して、次の長い雨が降り出す前に蛇の呪いから逃れるために店を離れて遠くへ逃げることを命じます。次の長い雨が降り出す時とは、女が一人で店にやって来る時です。
 しかし、逃避行の孤独は木野を押しつぶします。カミタに固く禁じられていたにも関わらず、彼は伯母への絵葉書に文章を書いてしまいます。そうしないと自分は「どこにもいない男」になってしまうと思ったからです。
 木野の罪とは、「傷つくべきときに十分に傷付かなかった」こと、「真実と正面から向かい合うことを回避し、その結果こうして中身のない虚ろな心を抱き続ける」ようになったことです。

 他人に対して心を動かさないことによって、本来は自分が持っているはずの嫉妬や恨み等の不快な感情を回避して「デタッチメント」という居心地の良い場所を求めたものの、自分の感情と向き合うことを避けたがために、木野は自分の心を空虚なものにしてしまいました。その空虚な心は、蛇の呪いを呼び込みました。他人に対して無関心を貫ければ、呪いから逃げ切ることはできますが、結局人間である以上、他人に対して無関心を貫くというのは無理な話です。このため、呪いは彼に追いつきます。

 最後に、木野は自分がとても深く傷ついていることを自覚し、感情を取り戻します。彼は自分を取り戻し、自分自身の呪いと対決することができるのでしょうか?

 

(お読みいただきありがとうございます。もし、よろしければ感想などありましたら、コメント欄にコメントしていただけると嬉しいです。)