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謎解き 村上春樹(感想・考察・書評)    (ネタバレあり)

村上春樹作品の謎解き(感想・考察・書評)(ネタバレあり)

「独立器官」感想

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*激しくネタバレしています。ご注意願います。

 

 文藝春秋2014年3月号に掲載された、村上春樹「独立器官」の感想を以下に書きました。 

 ☆        ☆        ☆        ☆        ☆ 

 この小説は書いてあることを額面通り信じるならば、奇妙ではあるが「謎」のない話です。だから、今回感想はスルーしようかと思ったのですが、それではつまらないので記述を額面通りには信じない別の解釈を考えてみました。

 この小説の主人公は渡会(とかい)という美容整形外科医ですが、その主人公について、前半は語り手である作家の谷村の視点により語られ、後半は主人公のクリニックに勤める秘書の青年の告白によって語られます。

 前半の部分は、作家の中立的・客観的な描写なので事実と考えてよいでしょう。しかし、後半の青年の語りはどうか?彼の言っていることが真実なのかは不明です。

 ゲイの青年であるとあらかじめ説明されているこの男性が、渡会に好意を寄せていることは、彼の告白を聞いていても明らかです。しかし、おそらくその想いを渡会に打ち明けることはなかったでしょうし、渡会も青年の気持ちを薄々知りつつも特にそれには触れずに彼を雇い続けます。

 青年は渡会のプライベートな恋人達とのスケジュールの調整もしていましたが、特に彼女達に嫉妬することはありませんでした。それが軽い関係であることを理解していたからです。

 しかし、渡会がある人妻に今までとは違った「本気の恋」をした時、彼はその人妻に嫉妬することになったのではないかと思われます。

 嫉妬にかられた彼の告白は、決して中立的で客観的なものでは有り得ませんし、彼の告白には色々嘘が混ざっていると思われます。

 そして、彼の告白が嘘であろうことは、この小説のいくつかの描写でわかります。

 まず、冒頭でわざわざ「つまり僕が言いたいのは、まったく純粋な客観的事実だけでこのポートレイトが出来上がっているわけではないということだ」等、この小説の描写が全く客観的な事実とは限らないことがくどい程、作家谷村によって強調されます。一見余計なこれらの記述は何を暗示しているのでしょうか?

 次に「独立器官」の描写です。「すべての女性には、嘘をつくための特別な独立器官のようなものが生まれつき具わっている」というのが渡会の意見なのですが、この描写そのものが作者(作中の谷村ではなく、村上春樹)のミスリードなのではないのでしょうか?女性は嘘をつく独立器官を持っている、では男性は?男性も、もちろん独立器官を持っているのです。これは「女性」というのを強調することで、青年の「嘘」から読者の目を逸らせようという記述なのです。下に追記があります。)

 最後にスカッシュ・ラケットは本当に渡会の意思で谷村に贈られたものなのでしょうか?「『先生は最期に近くなって、唐突に一時的に意識を取り戻されたみたいに、必要なことをいくつか私に言い残しました』」と青年は言っていますが、今まで(意識があるのかどうかわからないくらい)瀕死だった病人が、急に一時的に意識が明瞭になるのは不自然です。いや、現実世界では珍しくはあるが有り得ないことではない事象かもしれませんが、小説での記述は何か不自然な現象であるかのようにわざわざ描写されています。

 つまり、渡会がスカッシュ・ラケットを谷村に贈ってほしいと言ったのは青年の嘘で、作家の谷村と会うための口実です。

 なぜ、青年は谷村に口実を作ってまで会いに行ったのか?これは、「渡会の最期」を作家に告白し、それを小説に書いて世間に発表してもらうことによって、彼の語った告白を「事実」として認定してもらうためです。こうして、作家谷村によって青年の嘘は「真実」にまで高められるのです。

 スカッシュ・ラケットが谷村には少し軽すぎて合わずほとんど使ってないことも、渡会が谷村に贈ろうと思って贈った物ではないことを暗示しています。まあ、青年は渡会が予約通販で注文したものだ(つまり初め渡会自身が使おうとしていたものなので、谷村に合わなくても仕方がない)という言い訳をしていますが。

 青年の告白のどこが事実でどこが嘘なのか、この短い小説ではわかりません。渡会とその人妻の別離に青年はどの程度関わっているのか?あるいは渡会の死自体に青年はどのように関わっているのか?この小説では詳細は不明ですが、おそらく青年が「能動的」に関わっていることは確かです。

 つまり、タイトルの「(嘘をつく)独立器官」とは後藤青年を指しているのだと思われます。

 

(*追記)

 補足です。「すべての女性には、嘘をつくための特別な独立器官のようなものが生まれつき具わっている」についてですが、じゃあ渡会の過去のトラブルの実例は、と見ていくと、「いささか注意力の不足した女性」や「判断能力にいささかの混乱をきたした人妻」がいる一方、男性である渡会は「こういうことになると意外に機転が利」き、(注意力の不足した女性の)疑り深い恋人が疑問を呈してきても「彼の有能な秘書(後藤青年)が言葉巧みに処理」しているのです。なんか言っていることと全然違うやんか、て感じですね。

 

(お読みいただきありがとうございます。もし、よろしければ感想などありましたら、コメント欄にコメントしていただけると嬉しいです。)