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謎解き 村上春樹(感想・考察・書評)    (ネタバレあり)

村上春樹作品の謎解き(感想・考察・書評)(ネタバレあり)

「1Q84」書評③~Q&A

(目次に戻る)(初めてこのblogに来られた方は、まず目次をご覧ください。)

(「1Q84」書評  目次 に戻る)

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*激しくネタバレしています。ご注意願います。

*謎の多い小説ですので、この小説の疑問点がありましたら、是非コメント欄にご質問願います。一緒に解答を検討してみたいと思います。

 

 ここからは、この作品の個別の疑問点とその考察を書きます。

(*平成26年5月17日、Q17とQ19に追記しました。)

 

Q1.青豆に1Q84年への通路を示したタクシーの運転手は何者か?(BOOK1 第1章)

 

A1.「時計仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)」だと思われます。(『海辺のカフカ』ならば「カーネル・サンダース」の役割)青豆を1Q84年に召喚することで、リトル・ピープルと反リトル・ピープルの戦いの幕が切って落とされます。しかし、彼はどちらの味方でもありません。青豆の召喚はリトル・ピープルと反リトル・ピープルの両方が望んでいることなのです。彼は物語を進めるために登場した狂言回しの神です。

 

 

Q2.青豆は「シンフォニエッタ」をいつ聴いたのか?(BOOK1 第1章)

 

A2.おそらく彼女は高校2年のときに、偶然天吾もティンパニ奏者として参加した音楽会の演奏を聴いたのだと思います。しかし、ここで出会わないんですね、2人は・・・・・・。何かの伏線かと思いましたが回収されず、何か妙な感じがします。(私が気づいていないだけ?)

 

 

Q3.ふかえりはマザなのか?ドウタなのか?

 

A3.ふかえりがマザなのか、ドウタなのかは小説の中でも天吾と小松によって考察がされています。(BOOK3 第18章)

 ここでは、天吾は、ふかえりはマザだと考え、これに対して小松はふかえりがドウタという仮説が成り立たないかと疑問を呈します。

 小松の疑問に対して天吾は自問自答します。

 ふかえりが「わたしにはセイリがない。だからニンシンするしんぱいない」と言っているため、「もし彼女(筆者注:ふかえり)が分身に過ぎないのなら、それはたぶん自然なことだ。分身は自らを再生産することはできない。それができるのはマザだけだ。」(*1) と天吾は考えます。この天吾の考察からは、ふかえりはドウタであるという結論になってしまいます。しかし、天吾は自らの仮説を否定し、以下のように言います。「『ふかえりにははっきりしたパーソナリティーがあります。独自の行動規範もある。それは分身にはおそらく持てないものです』」(*2)

 そして、「あるいはふかえりは場合によって実体と分身と使い分けられることができるのか。」(*3)という考察もしています。

 

 これに対して、私は(天吾の結論とは違って)ふかえりはドウタではないかと考えています。理由は以下の通りです。

 

① つばさと同じく、ふかえりも初めはひとことも口をきかない状態で、その後いくらか口をきく状態になったというのが共通しています。これはドウタである特徴なのではないのでしょうか。

② ドウタは月経がなく、妊娠しません。これは、つばさにもふかえりにも当てはまります。(*1)の天吾の考察は説得力があります。また、妊娠しないにも関わらず、ドウタたちは巫女として「『後継者をみごもるように務めることが』」「『役割として決められて』」います。(BOOK2 第9章参照)そして、ふかえりは(自らがみごもるのではなく、青豆がみごもる形で)その役割を果たしています。

③ ふかえりは天吾に「『わたしがパシヴァであなたがレシヴァ』」と言っています。(BOOK2 第22章)つまり、ふかえりはパシヴァの役割をするドウタなのだと考えられます。

 

 しかし、『空気さなぎ』では、ふかえりがモデルと思われる主人公が自らのドウタをあとに残して置いてきたとしています。また、リーダーも「『彼女(筆者注:ふかえり)はそのために自分らのドウタを捨てた』」と言っています。(BOOK2 第13章)

 けれども、『空気さなぎ』に書かれていることが全て事実であるとは限りません。一番大事なことであるふかえりの正体については『空気さなぎ』は真実を語っていないのかもしれません。また、同じ『空気さなぎ』の中でも「私は本当にマザなのだろうか。私はどこかでドウタと入れ替わってしまったのではあるまいか。」(BOOK2 第19章)という描写もあり、ふかえりがドウタである可能性も示唆しています。

 

 またリーダーの発言は、全てを正しく青豆に語っている訳ではありません。前回のエントリで触れたように彼は青豆に嘘をついています。このため、ふかえりの正体についても嘘をついている可能性があります。(何のために?という所がちょっと不明ですが、青豆に、というよりリトル・ピープルに、ふかえりの反リトル・ピープルのパシヴァとしての動きを気取られないためなのではないかな、と考えます。)

 

 『空気さなぎ』の描写では、リトル・ピープルは「『マザの世話なしにドウタは完全ではない。長く生きることはむずかしくなる』」(*4)(BOOK2 第19章)と言っています。これに対して、天吾は「『しかしふかえりの場合、マザがそばにいなくてもドウタは巫女としての役割を果たすことができたのかもしれない』」(BOOK3 第18章)と推測しており小松も同意していますが、これはあくまで天吾と小松の推測であり根拠はありませんので、『空気さなぎ』の(*4)の記述の方を重視します。

 

 もし、ふかえりがドウタならば、長く生きるためにマザが近くにいたはずです。

 それならばマザは誰なのか?考えてみますと、この小説に名前だけ出ているアザミがマザであると思われます。彼女がふかえりから話を聞き、それを文章にして雑誌の新人賞に応募した訳ですから、彼女が原『空気さなぎ』の真の作者と言えます。「『ふかえりにははっきりしたパーソナリティがあります。独自の行動規範もある。それは分身にはおそらく持てないものです」(*2)というの天吾の反論については、おそらくマザのアザミが長く側にいて「教育」したことにより、ふかえりはパーソナリティを獲得したのではないかと考えられます。

 

 また、BOOK1で行方不明になったふかえりが吹き込んだテープを天吾に届けたのもアザミです。「ドアが閉まる音は、彼女が一人きりでいるのではないことを示唆しているかもしれない」とも書かれていますので、身を隠している場所にはアザミもいます。(BOOK1 第24章)

 

「あるいはふかえりは場合によって実体と使い分けられることができるのか」(*3)というのも魅力的な仮説ですが、やはりアザミという存在が明示されているのを考えると、マザとドウタは別個の存在なのかと思われます。

 あと、アザミはふかえりの2歳年下と書かれているのが引っかかりますが、カモフラージュのため年齢をごまかしてるのかなという気がします。

 

 他にも「『だからこそ教団は、逃亡したふかえりの居場所がわかっていても、彼女をあえて力尽くで取り戻そうとはしなかったんです。なぜなら彼女の場合、マザが近くにいなくてもドウタはその職責を果たすことができたから』」(BOOK3 第18章)と天吾は推測していますが、そもそも教団のドウタは「後継者を産む」という意味では職責を果たせていません。3人のドウタが作られたのも、「後継者を産む」という職責を果たすためで、結局その役には立ちませんでした。(これは、おそらく後継者は「外部(異界)」から来るものでなくてはいけないからだと思われます。)教団が彼女をあえて力尽くで取り戻そうとしなかったのは、おそらくはじめは(彼の「反リトル・ピープル計画」遂行のため)リーダーの意思によって抑えられ、彼が死んだ後は後継者を確保することが、教団にとって最優先課題になったためだと思われます。

 

 あるいは他の仮説としては、「深田絵里子=アザミは自分のドウタをあとに残して逃げ出した。そして、『空気さなぎ』の最後の描写の通り(BOOK2 第19章)アザミは(リトル・ピープルの力に頼らず)自分の空気さなぎを作り、その空気さなぎから生まれたのが、この小説に出てくるドウタのふかえりである」という説もあるかもしれません。

 ただこの説だと、ドウタというのは2つ以上作れるのか?(深田絵里子は特別な存在なので作れるかもしれませんが)、結局『さきがけ』の施設にいるドウタはどうなったのか?と新たな疑問が出てきてしまいます。うーん、微妙な所ですね。

(追記:アザミは、ローマ字に直すとAZAMIになります。これを入れ替えるとI MAZA(アイ マザ)となります。この作中で「マザー」と書かず「マザ」とわざわざ書いてることを考えると作者の意図的なアナグラムなんでしょうけど、なんかなーという気がします。)

 

 

Q4.天吾のガールフレンド(安田恭子)は、どこへ消えた?

 

A4.彼女は『さきがけ』の信者です。おそらく、リーダーの依頼で1年ばかり前から天吾のスパイをしていたのだと思われます。仕事を果たし、彼女は教団の施設へ消えます。

 

 牛河が、助成金の話を天吾に持ち出した時、牛河は天吾が長編小説を書いているのを知っていました。天吾が長編小説を書いているのを知っているのは小松と彼の年上のガールフレンドのみです。(BOOK2 第2章)つまり、天吾が長編小説を書いていることは、ガールフレンドから教団を通じて牛河に情報として伝わったのです。

 ガールフレンドの夫(これも彼がそう名乗っているだけで、本当かは不明なのですが)が「『家内は既に失われてしまったし、どのようなかたちにおいても、あなたのところにはもううかがえない』」という話をした後を見計らって、牛河は「天吾が眠れないでいることを承知して」電話をかけてきます。そして「あるいは安田恭子のことを示唆している」かのような話をします。(BOOK2 第6章)

 

 彼女が、天吾の母親に印象が似ているというのは、なんかいろいろ深く想像してしまいますが、実際の所は天吾が好きになりそうな女性をスパイとして送り込んだのかな、という程度の話かなと思われます。

 

 

Q5.天吾の父親は誰か?

 

A5.天吾の父親(とされる人)が「『あんたの母親は空白と交わってあんたを産んだ。私がその空白を埋めた』」と言った通り、天吾の母は「空白」と交わりました。(BOOK2 第8章)いわゆる「処女懐胎」です。このエピソードは「神の子どもたちはみな踊る」にもあり、青豆のエピソードでもあります。このエピソードは、天吾が「神の子」である事を示しています。天吾が「神の子」であることが、リトル・ピープルに後継者あるいは後継者の父として選ばれた理由の1つとなります。(Q&A6.参照)

(注:以下では、「天吾の父親(とされる人)」は単に「天吾の父親」とします。)

 

 

Q6.なぜ、天吾と青豆が後継者の両親として選ばれたのか?

 

A6.これは、A5.で書いたように天吾が「神の子」だからでしょう。(私はBOOK3を読むまで、天吾が「後継者」なのだと思っていました。)では、なぜ青豆が「母親」なのか?これはリーダーが言うようにまず、「神の子」天吾と「『互いを強く引き寄せ合っていたから』」です。(BOOK2 第13章)そして、2人とも異界(1984年)の人間だからということもあるかと思われます。

 

 また、彼らが「棄教者」だからだということもあるかもしれません。青豆は「証人会」の、天吾は父親の「NHKの集金」の棄教者です。棄教者の子供が、教祖の後継者になるというのは、非常にアイロニカルな話です。つまり、どんなに逃げようと歪んだ世界からは逃れされないぞ、という呪いの意味が込められているのかもしれません。

 

 深田保の子であるふかえり(あるいはアザミ)は、なぜ後継者にならなかったのでしょうか?『空気さなぎ』の記述を見たところ、もともとリトル・ピープルを呼び出してしまったのはふかえりです。しかし、彼女は施設から逃亡し、リトル・ピープルに叛旗を翻し、反リトル・ピープル的なものの代理人になります。このため、彼女はリトル・ピープルの代理人になりえません。あるいは、パシヴァとなった者は後継者にはなれないのでしょう。

 

 

Q7.ふかえりが雷の夜になぜ、①「『あなたはあなたのネコのまちにいった。(後略)』」、②「『そのオハライはした』と彼女は尋ねた。(中略)『それをしなくてはいけない』(中略)『ネコのまちにいってそのままにしておくとよいことはない』」、③「『わたしたちふたりでいっしょにネコのまちにいかなくてはならない』」、④「『リトル・ピープルがいりぐちをみつけるかもしれない』」、⑤「『わたしたちはふたりでひとつだから』」と言ったのか?(BOOK2第12章)

 

A7.以下①~⑤の文の意味を考察します。

 ①と④を読むと、ネコのまち(父親が入院している千倉)は危険な場所で、リトル・ピープルが入口の通路をみつけるかもしれない可能性があることをふかえりが警告しています。リトル・ピープルが出現する場所は特定されている訳ではありませんが、やがて昏睡し死に至る天吾の父親がリトル・ピープルの通路になる可能性があるということでしょう。

 あるいは、「通路」は親子の確執が発生する場所で出現する可能性が高いという意味もあるのでしょうか?

 天吾は、後継者の父親としてリーダーから指名された訳ですが、リトル・ピープルにしてみるとリーダーを介さず、天吾本人に接触して後継者にできればそれでも構わない訳です。というか、そちらの方が望ましい。リーダーを介する場合のように裏をかかれる心配がありません。「ネコのまち」で直接天吾とリトル・ピープルが接触する危険性が極めて高いとふかえりは判断しました。

 

 ②でふかえりの言うところの「おはらい」は第14章で示されるように、天吾とふかえりが交わることを指していますが、これがなぜおはらいになるかというと、天吾と青豆の子を後継者として誕生させるためです。これが、リーダーの考える「リトル・ピープルに対抗するための物語」の正規ルートな訳です。天吾が「ねこのまち」に捕らわれて、リーダーとふかえりの望む正規ルートを外れ、リトル・ピープルと独自に接触してしまうと反リトル・ピープルの物語は破綻します。

 

 ③実際に天吾とふかえりが一緒に「ネコのまち(千倉)」に行くことはありませんでしたので、「オハライ」の象徴的な意味なのでしょう。

 

 ⑤天吾をレシヴァ、ふかえりをパシヴァとする「反リトル・ピープル連合」の事を示しています。

 

 

Q8.(青豆)「『私はつまり、天吾くんの物語を語る能力によって、あなたの言葉を借りるならレシヴァの力によって、1Q84年という別の世界に運び込まれたということなのですか?』」、(リーダー)「『少なくともそれがわたしの推測するところだ』」(BOOK2 第13章)の2人の推測は正しいのか?

 

A8.微妙にこの作品、各章の間の月日の流れがよくわからないのですね。計算しようと思ったのですが曖昧な記述が多過ぎてあきらめました。誰か計算した強者がいたら教えてください。

 ただ、青豆が1Q84年に来たときには、まだ天吾による『空気さなぎ』のリライトは出来ていないような気がするんですね。だから、「天吾くんの物語を語る能力」だけによって呼ばれたというのはちょっと厳しいと思います。天吾と青豆をこの世界に呼び込んだのは、やはりリーダーとふかえりな訳で、上記のように青豆の推測にリーダーが同意しているのは、自分達(リーダーとふかえり)が天吾と青豆を1Q84年に呼び込んだ事実をごまかすためだと思われます。

 

 

Q9.「『このままいけば、かなりの確率で天吾くんは抹殺されるだろう』(中略)『君がもしここでわたしを殺し、この世界から削除したとする。そうすればリトル・ピープルが天吾くんに危害を及ぼす理由はなくなる』」(BOOK2 第13章)というリーダーの言葉は正しいか?

 

A9.「『このままいけば、かなりの確率で天吾くんは抹殺されるだろう』」というのは、おそらく正しくありません。リトル・ピープルはリーダーを見限ろうとして、次の代理人(後継者)を探しています。多分その代理人の第1候補が天吾です。このままいけば天吾はリトル・ピープルに抹殺されることはないですが、おそらく猫の町に行ったときにリトル・ピープルに取り込まれて新たな代理人にさせられることになると思われます。

 

 「『君がもしここでわたしを殺し、この世界から削除したとする。そうすればリトル・ピープルが天吾くんに危害を及ぼす理由はなくなる』」は微妙ですね。リトル・ピープルが天吾に関心を持たなくなるのは、この雷の夜に受精された新たな命を後継者として差し出すことをリーダーがリトル・ピープルと密約したためで、その後青豆を自殺させることでリトル・ピープルの裏をかくというのがリーダーの計画な訳ですが、この計画は一時しのぎにしかならならず、時間を置いてリトル・ピープルは天吾に接触しようとするだけだと思われます。リーダーは「『(リトル・ピープルは)、そんなもの(天吾)は放っておいて、よそに行って別のチャンネルを探す』」とか言ってますけど、この小説でレシヴァの才能がありそうな人物って、リーダーの他は天吾しかいないのですね。「『代理人になるには様々な困難な条件を満たす必要がある』」らしいですし、適性のある天吾に接触しようとするのが自然の流れです。

 

 とすると、天吾だけは1Q84年から脱出する手段を有していて、リーダーもふかえりもそれを知っているのではないでしょうか。いざとなったらその手段を使って天吾を脱出させる計画だったかもしれません。リーダーの「『天吾くんは生き残る。わたしの言葉をそのまま信じていい。それはわたしの命と引き替えに間違いなく与えることのできるものだ』」(BOOK2 第13章)という台詞が他に比べてやけにキッパリしているのです。脱出の鍵はなんとなく中央線と二股尾にあるのかな?という気がします。(書評①~「大きな物語」と「小さな物語」)(補足)の天吾が1Q84年に来たタイミングについてもご覧ください。)

 

 いずれにしても、リーダーを殺さないと天吾が死んでしまうと青豆に思い込ませるために、リーダーは嘘を交えながら青豆を誘導していきます。

 

 

Q10.なぜ、ふかえりは天吾に「『あなたはうしなわれない』」「『オハライをしたから』」(BOOK2 第16章)と言ったのか?

 

A10.「オハライ」により、「後継者」候補の地位が、天吾から、天吾と青豆の子供になりリトル・ピープルの関心がそちらに向いたためだと考えられます。

 

 

Q11.BOOK2 第21章で青豆は「どうしてこんなにあのゴムの木のことが気にな」っているのでしょうか?

 

A11.BOOK1 第3章で、青豆が高速道路の非常階段を降りている時に、彼女は向かいのマンションのベランダに色褪せたゴムの木が置かれているのを見ます。そして、BOOK3 第31章でも変わらず同じゴムの木がそこにあるのを青豆は見ます。「それでもそのゴムの木は、不安と迷いを抱え、手足を凍えさせながら不確かな階段を登っていく青豆に、ささやかながらも勇気と承認を与えてくれる。(中略)このゴムの木は、私のために目印の役を果たしてくれている。」この描写から考えるとゴムの木は青豆にとって元の世界である1984年への目印の役割を果たしているのだと考えられます。

(ゴムの木については、映画『レオン』でレオンが世話をしていたゴムの木(正確にはアグラオネマという植物だそうですが)に関係していると言う方もいますね。)

 

Q12.BOOK2 第22章で天吾が「『君が知覚し、僕が受け入れる』」「『『空気さなぎ』を書き直したときと同じように』」と言ったのに対してふかえりが「『おなじではない』」「『あなたはかわった』」「『ネコのまちにいけばわかる』」と言った意味は?

 

A12.「『あなたはかわった』」というのは、天吾がふかえりと交わることによって、天吾のドウタが目覚めたことを示します。逆に言いますと『空気さなぎ』を書き直したときは天吾のドウタは目覚めていないことになります。『ネコのまちにいけばわかる』というのは、そこで天吾は自分のドウタ(空気さなぎの中にいる10歳の青豆)に会うということを意味しています。(BOOK2 第24章参照) 

 

Q13.猫の町の看護婦(特に安達クミ)の意味は?

 

A13.BOOK3 第3章で、天吾は彼女達を見て『マクベス』に出てくる3人の魔女を思い浮かべるなど、おだやかではありません。(BOOK3 第6章)

 

「ここは猫の町だ。ここでしか手にすることのできないものがある。彼はそのために電車を乗り継いでこの場所にやってきた。しかしここで手にするすべてのものにはリスクが含まれている。安達クミの示唆を信じるなら、それは致死的な種類のものだ。何か不吉なものがこちらにやってくるのが、親指の疼きでわかる。」と天吾は考えます。(BOOK3 第9章)

 

 「ここでしか手にすることのできないもの」とは天吾のドウタ(空気さなぎの中にいる10歳の青豆)のこと、「致死的な種類のもの」「何か不吉なもの」とはリトル・ピープルのことです。猫の町では自分のドウタを見つけることができるかわりに、リトル・ピープルに捕えられるリスクがあるということでしょう。猫の町には、リトル・ピープルが出てくる通路ができる可能性がありました。通路とは、A7.で書いたように昏睡し(やがて死に至る)天吾の父親の事です。

 

 しかし、結局猫の町で天吾は「空気さなぎ」の中の10歳の青豆(しかし、すぐ消えてしまう)を見付けます。「空気さなぎ」があるということは既にリトル・ピープルの通路が開いているという意味なのでしょうか?それとも、そうとは限らないのかちょっと分かりません。

 けれども、天吾は「空気さなぎ」は見かけてもリトル・ピープルとは遭遇しませんでした。これは、やはり「オハライ」の効果があったということなのでしょうか。

 

 安達クミは基本的には天吾に警告を与えるために登場していますが、一方では天吾を誘惑しこの猫の町に捕えるために登場しているようにもみえます。彼女はそういう両義的な存在なのではないかと思われます。

 

 

Q14.偽のNHKの集金人の意味は?

 

A14.偽のNHKの集金人の正体は、読めば分かるかと思われますが天吾の父親(の生霊のようなもの)です。BOOK3 第14章で青豆が「彼女のちいさいものを狙っている人々のことを、老婦人に打ち明けるべきだろうか?『さきがけ』の連中が夢の中で彼女の子供を手に入れようとしていることを。偽のNHK集金人が手を尽くしてこの部屋のドアを開けさせようとしているのも、おそらくは同じ目的のためだということを。」と考えている通り、リトル・ピープルが天吾の父親(の生霊のようなもの)を使って、『さきがけ』とは別ルートからふかえりや青豆を捕えようとしています。

 

 

Q15.結局牛河は何だったのか?

 

A15.牛河は自分で気づかずに、天吾を青豆のところへ誘導する役をします。牛河を誘導したのはふかえりなのではないかと思われます。彼はふかえりの誘導のまま青豆を天吾の元へ導き、タマルに殺され生贄になります。おそらく誰かが1Q84年世界から他の世界へ脱出するには生贄が必要なのでしょう。彼は結局この歪んだ世界の謎を理解することもなく、巻き込まれ(危ない仕事をしていたので自業自得と言えばそれまでですが)世界の秘密に関わった故に殺される哀れな生贄です。

 ふかえりの目が「牛河を憐れんでいるように見え」たのは、彼女には牛河が1Q84年世界の生贄として死ぬ未来が見えていたからでしょう。(BOOK3 第22章) 

 そして、最後に牛河の死体はリトル・ピープルの通路になります。(BOOK3 第28章)結局1Q84年世界は、リトル・ピープルの呪縛から逃れられません。

 しかし、『ねじまき鳥クロニクル』世界の牛河がいち早く危険を察知して逃げ出したのに対して、『1Q84』の牛河は自ら危険に巻き込まれて殺されてしまうのは対照的です。

 

 

(未解決の疑問)

 

Q16.NHKの集金人の1981年の傷害事件の意味は?(BOOK1 第9章)

 

A16(?).結局、青豆の記憶になかったこの傷害事件が取り上げられた意味がよく分かりません。後の描写でも触れられていないようですし。1981年から世界が歪み始めたという意味ですかね。 

 

 

Q17.なぜ、戎野は、天吾に対して小松のことを何も言わなかったのか?(BOOK1 第14章)

 

A17(?).これは一応後のページで説明されてはいます。「『この前の君(筆者注:天吾)の話を聞いて、すぐさま戎野先生に電話をかけた。先生はもちろん俺(筆者注:小松)のことを覚えていたよ。ただ天吾くんの口から、俺の人物評をあらためて聞いておきたかったようだ』」と小松は話しています。

 ただ、なんか引っ掛かるんですよねー。おそらく、天吾が1984年から1Q84年に連れてこられたことに関係するのでしょうけど。何かモヤモヤしますが、よく分かりませんので保留とします。

 

(平成26年5月17日 追記)

 以下のような仮説を思いつきました。 

1Q84年の戎野は、天吾が別の世界(1984年)から来たことは知っていました。しかし、1984年世界の交流関係がどう変化しているのか、あるいは変化していないのかまでは分かりません。もしかしたら、自分(戎野)と小松が知り合いではない世界も有り得ると考えた戎野は、あえて小松の話を持ち出すことをやめて様子を伺いました。

 という感じなのですかね。(あまり面白くない仮説ですが・・・・・・・。)

 

 

Q18.なぜ、天吾は小学校の時に家に泊めてくれた担任の教師の名前が思い出せないのか?

 

A18(?).これも不明です。彼女の名前は太田俊江といいます。

 

 

Q19.結局『さきがけ』の資金源は?

 

A19(?).これも不明です。

 

(平成26年5月17日 追記)

(以下は仮説で、私もちょっと確信が持てませんが、思いついたので書いておきます。) 

ちょっと思ったのですが、株取引で儲けている戎野が『さきがけ』に資金を提供したのではないでしょうか?そう考えると、戎野は『さきがけ』に対して第三者的な人間ではなく、『さきがけ』の実質的な創設者であり、パトロンであり、「キングメーカー」でもあるのだと言えます。 

BOOK3 第15章で戎野は小松に対して、天吾に「『君(筆者注:天吾)とふかえりとのあいだには性的な関係があったのかな?』」と聞くように依頼しています。これは戎野がふかえりの保護者として気にしているわけではなく、『さきがけ』の『秘儀』が行われたのかを確認している発言です。上記の記述からも、実は戎野が『秘儀』を知っている程、『さきがけ』に深く関わっていることがうかがえます。 

つまり、戎野は『さきがけ』の実質的な創設者でありながら、リーダー深田保を「代理人」として操り、自分は全く関わっていないかのように振る舞う、この小説の全ての事件の「黒幕」であるという可能性があります。 

戎野はBOOK1 第18章で「『もし、ここにビッグ・プラザ―が現れたなら、我々はその人物を指してこういうだろう、『気をつけろ。あいつはビッグ・プラザ―だ!』と。言い換えるなら、この現実の世界にもうビッグ・ブラザーの出てくる幕はないんだよ。』」と天吾に言っています。 

この戎野の発言は現代におけるビッグ・ブラザーの消滅を言っているかのようにみえて、①現代世界において表舞台に出るのは不都合なので影に回っているだけで、実はビッグ・ブラザーは現在も存在していること、②ビッグ・ブラザーは影から「代理人」を通して人々を操っているのだ、ということを暗示しているのではないのでしょうか。 

 そして、戎野こそが影に潜むビッグ・ブラザーなのではないかと思われます。

 

 

Q20.さきがけの子供たちはだんだんと口数が少なくなり、表情がなくなり、やがて学校に来なくなるが結局どうなっているのか?(BOOK1 第21章)

 

A20(?).さきがけの子供たちは皆ドウタができるのでしょうか?学校に後で行っているのは、皆ドウタなのでしょうか?しかし、巫女のドウタは3人しかいないのですよね。結局よく分かりません。

 

 

Q21.副校長?

A21(?).BOOK3 第10章で牛河が天吾と青豆の母校の小学校を訪れ副校長と話をします。しかし、牛河は副校長という言葉に聞き覚えがありません。それもそのはずで、副校長という制度は2008年4月から法律により施行された制度です。このため、1984年には千葉県の公立小学校には副校長は存在しません。しかし、1Q84年世界では既に副校長制度は導入されているのでしょう。この事は、牛河が1Q84年世界に迷い込んだことを示しています、と書こうかと思いましたがこの牛河は初めから1Q84年世界の住人ですよね。(牛河は最初から『さきがけ』と接触しています。)とすると読者に向けた、ここは1Q84年世界であるという、メッセージなんでしょうか?何か今更のような感じがします。ちょっとこれも保留です。

 

(この他にも、この小説の疑問点がありましたら、コメント欄にお知らせください。うまく解答できるか分かりませんが一緒に考えてみます。また、(未解決の疑問)で、「これが答えなんじゃないか?」というのがありましたら、是非お教えください!他にもQ&Aへの指摘等ありましたらよろしくお願いします。)

 

(お読みいただきありがとうございます。もし、よろしければ感想などありましたら、コメント欄にコメントしていただけると嬉しいです。)