謎解き 村上春樹(感想・考察・書評)    (ネタバレあり)

村上春樹作品の謎解き(感想・考察・書評)(ネタバレあり)

「ノルウェイの森」書評⑨~直子はなぜ死んだのか?

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     激しくネタバレしています。ご注意願います。

 

まず、「直子はなぜ発病したのか?」で触れたとおり、直子は「自己が引き裂かれる病」です。直子にもう1つの自己が発生したのは、端的にいって主人公のせいです。ですから、直子は主人公と会うたびに、2つの自己が激しく対立します。そして病は悪化していきます。

 

そして、主人公は知らずに2つの自己のどちらかの勝利を選ぶように直子に選択を突きつけてしまいます。「阿美寮を出て一緒に暮らそう」という提案です。この提案を受け入れるということは、2人の自己のうち、直子にとっての「正しくない」自己、主人公を利用する自己が勝利し、主人公に寄生する人生を選ぶということになります。選択を突きつけられ、直子の病は更に悪化します。

 

主人公にとってみれば、直子が正しくあろうが正しくなかろうが直子に生きていてほしい、生きて一緒になってほしいというのが願いですが、直子にとっては「公正」さが自分をバラバラにしないための枷なのです。「公正」さを失った自分は、バラバラになってしまいます。それは、「正しくない」自己、自分が認めたくない自己に、自分の身体を乗っ取られてしまうことです。これは、彼女にとって恐怖でした。

 

また、仮に「正しくない」自己が勝利し、主人公に寄生する人生を選んだ場合どうなるか。その「正しくない」自己は主人公を吸い尽くし、やがて破滅させてしまうのではないかと彼女は感じます。主人公は気丈に振舞っていますが、彼にしたところで、「半分死んだ世界」の住人、単純にいえば死にかかっている人間なのです。溺れかけている人間に溺れている人間が助けを求めてつかまれば一緒に溺れて死んでしまいます。

「正しくない」自己を勝利させることによって、この人を巻き込んで殺してしまってはいけない。彼を自分の破滅に巻き込まないために、彼女は自殺を考えます。

 

しかし、自分が自殺した場合、主人公はどうなるのか、と直子は思います。キズキも自殺してしまい、直子が自殺してしまうと、主人公はこの世界で本当にひとりぼっちになってしまいます。深く絶望した主人公は後を追って自殺してしまうかもしれません。自殺を考えている直子だから、主人公が自殺してしまう可能性を考えざるを得ないのです。

 

そのため、直子は主人公と1つの約束をします。「私のことを覚えていてほしいの」と。主人公が彼女のことを覚えているということは生きていなければできません。私が死んでも、あなたは私のことを覚えてい続けるために死なずに生きて欲しいという約束でした。

しかし、この約束だけでは心許ありません。自分が自殺してしまったら、主人公は深く絶望して、約束のことなんか忘れてしまうかもしれません。

 

直子が、自分が自殺しても大丈夫だと思ったという直接のきっかけは、主人公がレイコさんにあてた手紙だと思われます。主人公が緑のことを好きになってしまったという内容の手紙です。下に書いてあるとおり、直子がどうやってこの手紙を読んだんだという問題が発生しますが、タイミング的には他のきっかけは考えられません。

 

レイコさんは彼女にこの手紙を見せていないはずですし、直子がこの手紙を見たという描写はありません。しかし、阿美寮はレイコさんが「ここにはそんなに沢山秘密ってないのよ」「いろんなことを正直にしゃべるようにしなくちゃいけない」と言っているように秘密を秘密のままで留められない空間です。なんらかのきっかけで直子は手紙の内容を知ってしまったと思われます。(もっとも、小説を読み返しても具体的に彼女がその手紙を読めるタイミングが見つからないのですね。レイコさんの話は一部嘘が混じっているのかもしれません。あるいは直感などで直子は手紙の内容を知ったという解釈もあるかもしれませんが、これはちょっとシュールな解釈ですね。)

 

 主人公が緑を好きになってしまったことを知り直子は、ようやく自分は安心して自殺ができると思います。緑を好きになった主人公はもう世界にひとりぼっちではありません。好きな人が現世に存在する限り、主人公が自殺することはないでしょう。直子は主人公が後追い自殺をする心配がなくなり、自殺を決意します。「あの人のことは私きちんとするから」とはそういう意味です。

 

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