謎解き 村上春樹(感想・考察・書評)    (ネタバレあり)

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「ノルウェイの森」書評⑩~永沢さんとハツミさん

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     激しくネタバレしています。ご注意願います。

 

作者が「ノルウェイの森」を書いた頃、既に主人公がむしろ直子の病を悪化させる存在であること(直子はなぜ死んだのか?参照)に気が付いていたのだと思われます。主人公は直子を救おうと思っており、そのためには自分の人生をかけるつもりでしたが、主人公がかえって直子の病を悪化させる存在であるならば、直子と別れるという選択枝もあったかもしれません。当時の主人公には思い浮かびもしなかったことでしたが。

 

では主人公が、頭が良く冷徹な程に理性的で現実的な人格であればどのような判断をしていたかをシミュレーションしたのが、永沢さんとハツミさんだと思われます。永沢さんは、シミュレーション世界の主人公の仮想人格、ハツミさんは直子の仮想人格です。小説では永沢さんとハツミさんの過去については何も触れられていませんが、彼らの過去には、主人公と直子と同じような過去と背景があるのだと思われます。ハツミさんもおそらく昔の恋人の死があり、表面的にはわかりませんが精神的な病を抱えています。

(もちろん、上記の解釈が唯一のものではありません。例えば、永沢さんを「自殺をしないで生き長らえたキズキ」とする解釈などもできるかと思います。ただ、下記では永沢さん=主人公の仮想人格という解釈をします。)

 

自分ではハツミさんを救うことができない、それどころかハツミさんの病を悪化させる存在であることを理解している永沢さんは、彼女から離れることを決意します。彼が、外務省を受験したのもハツミさんから離れるためです。そして、就職祝いの時にわざと偽悪的に振舞って彼女に嫌われようとします。そして、永沢さんは外務省に入った後ドイツに赴任し彼女と別れます。

 

ハツミさんは数年後自らの命を絶ちます。直子にとっての主人公もそうであったように、永沢さんはハツミさんの病を悪化させる存在であったと同時に、ハツミさんにとって現実世界との唯一のつながりでした。現実世界とのつながりを断たれた彼女の世界は徐々に死の世界(昔の恋人の世界)が侵食していき、やがて彼女の世界は死の世界のみとなります。これは現実世界における彼女の死(自殺)を示します。永沢さんから彼女の死を告げる手紙が来たとき、主人公は永沢さんの判断が許せず、手紙を破り捨て2度と手紙を書きませんでした。

 

しかし、数年間とはいえハツミさんは生きることができました。主人公が直子と別れることを決意すれば、数年間は、直子は生き続けていたのかもしれません。たとえ直子と別れて2度と会うことができなくても、結局数年間しか生きることができなくても、主人公は直子に死なずに生きていて欲しかったと思います。直子が死んでから17年の歳月が過ぎ、主人公はようやく永沢の判断の意味を理解します。

 

永沢さんは、「俺とお前はここを出て十年だか二十年だか経ってからまたどこかで出会いそうな気がするんだ」と意味深なことを言っています。永沢さんの最初の赴任先はドイツです。そして、現在の主人公が向かっているのはドイツです。もちろん、現実では永沢さんの赴任先が現在も変わらない可能性は低いですが、小説世界においてはこの符号は2人が現在においてドイツで再会することを暗示しています。再会した主人公は永沢さんに「17年経って、ようやくあの時の永沢さんの判断の意味を理解しました」と言うのだと思います。

 

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