謎解き 村上春樹(感想・考察・書評)    (ネタバレあり)

村上春樹作品の謎解き(感想・考察・書評)(ネタバレあり)

「シェエラザード」感想

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*激しくネタバレしています。ご注意願います。

 

 村上春樹『女のいない男たち』(文藝春秋)所収「シェエラザード」を読了しました。

 この小説は何か色々想像するとちょっと怖い小説ですね。様々な解釈が可能かと思いますが、以下のような解釈を考えてみました。(ちょっと突飛で、おそらく一般的な解釈とは違うかもしれませんが、まあこういう解釈もありますよということで。)

 この小説を読んで思ったのは、羽原はシェエラザードが話していた、昔彼女が空き巣に入った「同じクラスの男の子」であり、また現在の「夫」でもあるのではないかという事です。(彼女は彼の4歳年上と言っていますが、彼女の語ったプロフィールはほとんど出鱈目だと思われます。)そして、羽原は記憶を失っており(彼が覚えているのは自分の名前だけです)、シェエラザードは羽原が記憶を取り戻すように昔の話などを色々話しているのではないでしょうか。(しかし、後述するように彼女は彼の記憶が戻ることを本当は望んでいませんので、嘘の話も入り交えているかもしれません。)

 この「ハウス」に彼が閉じ込められているのは、記憶を失うようなショッキングな出来事と関係しているのでしょう。しかし閉じ込められているといっても、特に外から鍵をかけられているとか、見張りがいて監禁されているという訳ではなさそうです。記憶を失った羽原は、他に行くあてもないので「ハウス」にいてシェエラザードを待つしかないのでしょう。

 シェエラザードが彼の家に空き巣に入ったときに見つけたものは、鉛筆やバッジやTシャツだけではないでしょう。おそらく彼ら家族の「秘密」であるものを知ってか知らずか持って帰ってしまったのだと思われます。「でも私は彼の翳りを知っている」というのは何と言いますか、ポルノ雑誌程度では大げさなんじゃないでしょうか。「翳り」というならもっと後ろ暗そうなものを想像してしまいます。 

 彼の母親は、空き巣に入っていたのが彼女であることを知っていたのではないかと思います。おそらく最後に彼女が家を訪れてドアの錠前が新しいものに取り替えられているのを見て去った時に、母親はどこからか(家の中から?)彼女を見張っていたのでしょう。しかし、母親は事を荒立てず知らない振りをすることを選びます。仮に彼女が彼ら家族の「秘密」を知っており、その「秘密」を暴露されては困るからです。そして彼女は、その後彼と接触しようとしませんでしたので、母親としてはひと安心でした。

 ところが、4年後彼女は彼と再会します。この再会は偶然だったのかもしれませんが、彼の母親としては何らかの意図を持って彼女が近づいたに違いないと確信します。そして、色々あった後で、彼と彼女を結婚させ、「家族」として取り込むことによって、彼女が家族の「秘密」をばらさないように母親は仕向けたのではないでしょうか。

 ここまで書いて「その『秘密』とは何だ?」という質問があるかと思いますが、この短編の中ではちょっと分からないですね。色々想像する事は可能ですが、小説の記述の裏付けがないので、「これだ」と特定することはできません。まあ、多分「ちょっとした怪談みたいなものも絡んでいる」ものだと思われますが。

 そして月日が経ち、彼が一連の「秘密」(家族の「秘密」及びこの結婚が仕組まれたものであるという事)を知り、ショックを受け記憶をなくし失踪します。記憶をなくした彼を彼女は探し出し、彼は「ハウス」に軟禁されることになります。そして、ここからこの話は始まります。

 彼女は、羽原の記憶を取り戻させるために「ハウス」に来てはいるのですが、本当は彼の記憶が戻ることを望んではいません。彼女を「ハウス」に向かわせ、彼の世話を命じているのは彼の母親です。母親はこの家の「権力者」なのです。
 
千夜一夜物語』のシェエラザードは千と一夜、物語を語った後、王に殺される事なく正妻として迎えられ大団円となりますが、この小説のシェエラザードは物語を語りつくしてしまう(=彼の記憶がよみがえる)と破局が待っています。彼女は「物語」を小出しにして彼の気持ちを引き留め、今の「ハウス」の2人の生活が少しでも長く引き伸ばされることを祈ります。「物語」の中では彼女は十七歳の、彼と初めて会った時の少女に戻ることもできます。(彼女はその時初めて彼の名を呼びます。)
 しかし、間違いなくいつか彼の記憶がよみがえり、破局に至る日が来ることを彼女は知っています。

 

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